2025.12/27~12/29 福島Jヴィレッジで感じたこと
2025年より新たに参戦していたラ・リーガ・ルチャの予選リーグを2位通過し、兼ねて目標としていた決勝ラウンドに駒を進める事ができました。
決勝ラウンドの舞台は福島県のJヴィレッジです。Jヴィレッジは1997年に日本サッカー協会初となるナショナルトレーニングセンターとして新設され、私自身も新設したての頃、大学生でこの施設を使わせてもらった経験がありました。あれから20年以来の福島Jヴィレッジ。建物の雰囲気やグランドの配置など以前と大きく変わらないなか、私自身も懐かしい思い出と共に、20年の時を超えて私が指導している選手たちを連れて来れた喜びを噛みしめながら一日目の試合が終了。結果は残念ながら負けてはしまいましたが、対戦相手のレベルの高さを感じると同時に選手たちも課題を感じる事ができ、充実した一日を終える事ができました。
チェックインを済ませ、選手にスケジュールを伝え、ふとホテルを見渡していると壁にはこれまでのJヴィレッジの歴史が壁一面に張られていました。1997年新設から始まり年毎に時代を彩ったJヴィレッジの歴史を感じることができ昔を振り返りながら楽しく各年を見ていました。そんな中、目に飛び込んできた「2011年」。あの東日本大震災でのJヴィレッジの写真を見て今までの晴れやかな気持ちが一気に吹き飛び、血の気が引くのが分かるほどの衝撃を感じました。
あの震災でJヴィレッジは福島第一原発事故収束の拠点として当時使われていたのです。当然知ってはいましたが、当時の生々しい写真を見た私は、本当にショックを受けました。さっきまで使っていたグランドは駐車場やヘリコプターの離着陸の場所として使われ、目の前に広がる華やかなロビーは物資置き場へと変わっている。ここでこんな現実があったのだと思うと、なんとも言えない感情で涙が溢れそうになりました。あれから約14年の月日がたち、この施設は平和と笑顔を取り戻すことができています。この写真をまじまじと見ていると、当時日本の為に懸命に復旧作業に就いてくれた多くの方々への感謝の気持ちが溢れてきます。この思いは絶対に忘れちゃいけないと強く思いました。
奇しくも私が今回連れてきた選手たちは14歳、2011年に生まれた選手たちです。多くの人が被災し、明日への不安を抱えていた当時の日本、そんな中で生まれてきた日本の未来となる子供たちをこの地に連れて来ていた偶然にびっくりしました。これも何かのご縁だと思うと胸が熱くなりました。Jヴィレッジに来れて本当によかった。今ある環境に感謝し、これからもサッカーに情熱を燃やそうと決意しました。
また来年、Jヴィレッジに来れるよう頑張ろうと思います。
