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今日のメッセージ

家族…(偉人マインド12)

家族…(偉人マインド12)


ワクワクしておりますかー?

ところで

みなさんのご家族はお元気でしょうか?

ご家族との関係…いかがでしょう♪

そして

あなたの人生…幸せですか?


ひすいこたろう

名言セラピー幕末スペシャルより


『王者・徳川幕府』



こんな悲しい人生があるんでしょうか?



戦国時代、2歳にして母親と生き別れ。


父の命令で人質として今川家へ送られるはずが、道中、お付きの家臣の裏切り行為があり、なんと敵方の織田家へ送られてしまいます。


父はその子を見限り、救出に向かいませんでした。


その子は人質としてたらい回しにされながら、最終的に今川義元のお城で大きくなっていきます


人質生活 10 年以上。


桶狭間の戦いで今川義元が敗れて、

ようやく解放されて家へ戻ると・・・・

お父さんは殺されていました。


徳川家康。


こんな悲しい人生があるんでしょうか。


ある会合で、豊臣秀吉が、

「自分は刀をはじめ天下の宝をたくさん持っている」

と自慢を始めました。

そして「みなはどうか?」と諸大名に聞いた。

諸大名たちも、負けじとさまざまな

名宝の名を挙げていく。


家康の番になった。


家康はこういったそうです。


「自分は田舎の育ちで珍しい品などありません。

しかし、私には、

命も惜しまずに働いてくれる者が 500 騎おります。

これこそ家康の第一の宝であります」

「人こそ宝である」と。

家康は物心ついたころからずっと、家族の温もりを味わいたくても味わえない環境で育ちました。

そんな家康の名前の変遷。

竹千代→元信→元康→家康

名前の変遷、最後にたどり着いた漢字が

「家」

なのです。

人こそ宝。

そしてその基本である「家族・家」に対する思いを自らの名前「家康」に込めたのではないか。

徳川家は、15代に渡り、なぜ 260 年以上も政権を維持できたのか?

2歳で母親と別れ、

10年以上も人質として我が家に帰れなかった家康の、「家」への熱望にあったのだと思うのです。

その思いはのちのちの将軍にも受け継がれた。

2代目徳川秀忠
3代目徳川家光
4 代目徳川家綱
5代目徳川綱吉
6代目徳川家宣
7代目徳川家継
8代目徳川吉宗
9代目徳川家重
10 代目徳川家治
11 代目徳川家齐
12 代目徳川家慶
13 代目徳川家定
14 代目徳川家茂
15 代目徳川慶喜

のちのちの将軍の名前も、ほぼすべてに「家」がついている。

そして、「家」のつかなかった慶喜で、江戸幕府が終焉したのも不思議なところ。

家に恵まれなかった者は、誰よりも家のありがたさを知っています。


そしてそれがいずれ、力になるときが来る!

というわけで・・・・・・The Revolution ♪

恵まれないこと、

そこから出る芽は、本物です!


徳川幕府が日本にもたらした恵みは、

計り知れません。


殺し合いの世、戦国時代を終わらせて、

平和な世をつくりだしたのは徳川幕府です。


260年以上も泰平な世を維持できたのは

世界でも稀なケースで、

その間に日本の文化は洗練されました。

当時の江戸の人口は約 100万人。

徳川家は江戸を世界最大の都市にまで成長させた。

ただ、260年以上も続いたので、

制度疲労がさまざまなところで起きていたということです。


それを打ち壊したのが明治維新の志士たちでした。

徳川家康からのバトンは、坂本龍馬たちに引き継がれた。

それから 150年。

今、また新たなバトンを引き継ぐときが来ています。

そうです。

今度のバトンを引き継ぐのは、

ラストアンカーのあなたです。

僕らは徳川家康のその先に行かなければいけない。

坂本龍馬のその先に行かなければいけない。


だってラストアンカーですから。

さて、あなたの

出番です!





さああなたの出番

もし…自分の出番…!



思えたら…

どんなことができそうですか?

何がやりたいですか?


さあ面白くなってきたぞ〜!

自分の心は自分が決める😊

ワクワク😀

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